三浪リーマンの人生とサブカルとライフスタイルブログ

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暫定で自分なりの「生きる意味」を考えてみた。

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今年で平成はどうやら最後だと聞いた。次はどのような元号になるのだろう。明るい未来を期待できるそんな2文字なら何でもいいよね。やはり「和」とか「安」が入るとピースな感じがしてよい。

 

今回は暫定だけど「生きる意味」という究極のテーマについて考えてみました。もしかしたら5年後10年後は考えも変わっているかもしれません。だから暫定です。

 

まずは結論から。生きる意味は究極的には「ひまつぶし」である。10代の頃から「生きる意味」については、たびたび考え、結論が出ず頭を悩ましてきました。きっと同じように「生きる意味とはなんぞや」と悩んでいる人たちは多いのではないかと思います。生きる意味なんて誰かに定義されたり、与えられたりするものじゃなく、みんなそれぞれ勝手に考えて解釈すればいいとも思うけど。

 

人によっては「愛する妻や子供のため」かもしれないし。また別の人にとっては「社会貢献」や「成りあがって会社で偉くなる」ことなのかもしれない。だから「生きる意味」はみんな違ってていいと思う。たいして気にならないなら、あえてボンヤリさせておいてもいいと思う。

 

「考えてもわかんないから困ってんだろ」という意見も最もな気がする。だから、参考にはならないかもしれませんが、僕なりの考え方を書いてみます。

 

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生きる意味とは

 「神様」的な何かから「君に寿命〇〇年を上げるから、これで好きに楽しんでみなよ」と言われて、僕は生まれてきたのだと勝手に解釈しています。だから、生きる意味は究極的には「ひまつぶし」であると。何か壮大な使命やミッションがあるわけではないのだと。

 

だから僕は寿命が尽きるその日まで、ただ楽しく生きたいのです。自分の時間は、好きな人たちと一緒に時間を過ごしたり、映画や音楽で感動したり、旅行に行っていろんな景色を見たり、動物や花を愛でたりしたいのです。苦しんだり悩んだりするのは、時間の無駄だから極力避けたいのです。それが僕なりの「生きる意味」なのです。普通すぎますか?それとも変でしょうか?みんなもっと高尚な生きる意味を見つけているのだろうか?

 

仕事でストレス溜めて偉くなったり、マンションを買うために苦しんでまで節約したら楽しくないですよ。いつかはこの世とサヨナラするので、究極的には過剰な肩書や資産はいらないかな。天国には持っていけないからね。それよりは「ああー楽しかったー。もう一回人生やりたいわー」って死ぬ間際に言うのが目標かな。僕の父親は「辛い人生だった」と言って死んでいったからね。子供としては死ぬときに同じことを言いたくはないですよ。

 

暫定でも自分の人生に生きる意味を与えてやると、僕はすごく生きるのがラクになりましたよ。人生はひまつぶしであると考えると、月曜日からの仕事もたいして憂鬱じゃないしね。

 

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では、また!